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仙台高等裁判所秋田支部 平成5年(ネ)45号 判決

主文

一  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人兼附帯被控訴人(以下単に「控訴人」という。)

1 原判決中の控訴人敗訴部分を取り消す。

2 被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

3 被控訴人の附帯控訴を棄却する。

4 訴訟費用は第一、二審を通じて全部被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1 原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

2 控訴人は被控訴人に対し、七八六万円及びこれに対する昭和六一年一〇月二八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 控訴人の本件控訴を棄却する。

4 訴訟費用は第一、二審を通じて全部控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

事案の概要は、当審における当事者双方の主張として、次のとおり付加するほかは、原判決がその二枚目裏一行目冒頭から同四四枚目表三行目末尾までに摘示するとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1 公訴提起の違法性の判断基準について

(一) 原判決はいわゆる芦別国賠事件に関する最高裁昭和五三年一〇月二〇日判決(以下「芦別国賠判決」という。)を引用して、公訴の提起が無罪判決の確定により直ちに違法になるもの(いわゆる結果違法説)ではなく、いわゆる職務行為基準説を採るべきこと及び公訴提起の違法性判断の資料については、公訴の提起時において検察官が現に収集した証拠資料及び通常捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料によって判断すべきものとしたが、これについては控訴人にも異論がない。

原判決はこれに引き続き、公訴提起違法性の判断基準として、いわゆる合理的理由欠如説によるべきことを明らかにした上で、控訴人の、起訴が違法というためには、犯罪の嫌疑を認めた検察官の判断が、証拠の評価について通常考えられる検察官の個人差を考慮に入れても、なおかつ経験則、論理則に照らして到底その判断の合理性を肯定できない程度に達している場合であることが必要との主張を、<1>公訴提起の実態及び公訴提起により被告人とされた者の受ける不利益を考慮すれば「検察官が不十分な捜査しか行わず、客観的に見ても有罪判決を期待しうるだけの合理的根拠が欠如していると判断されるような場合にまで、公訴提起の違法性を否定するのは妥当で」ない、<2>控訴人の主張する基準によれば、検察官は軽過失であれば免責されることになるが、国家賠償法は検察官の公訴提起が違法になる場合を故意・重過失の場合に限定しているわけではないから採用できないとしたが、右判断は誤りである。

控訴人の主張は合理的理由欠如説を排除するものではなく、どのような場合に合理的根拠が欠如していると判断されるかの具体的な基準に関するもので、決して、公訴提起時に要求される嫌疑の程度(これには、(1)一応の証拠があれば足りるとする説、(2)有罪判決を期待し得る合理的根拠があれば足りるとする説、(3)有罪判決と同様に合理的な疑いを容れない程度の嫌疑を必要とする説などがあるが、前記芦別国賠判決は(2)説を採ることを明らかにしている。)についての主張ではなく、右の(2)の説を前提として、その判断に当たっては、証拠評価や法的判断について通常考えられる個人差、法解釈の相対性を考慮すべきものとしているのであって、原判決には誤解がある。

更に、<1>について原判決の言わんとするところは要するに、検察官の公訴提起について国家賠償を請求する訴訟(以下「国賠訴訟」という。)を担当する裁判官が自ら起訴時点での検察官の立場で証拠を洗い直し、その心証が有罪の蓋然性を認めるものであれば適法、そうでなければ違法とするもので、前記の証拠評価についての個人差を無視し、自らの判断を絶対視するもので、不当である。

また、右<2>の点も、不法行為成立要件としての違法性と過失とを混同させるものであって不当である。

(二) 控訴人主張の具体的違法性判断基準について

(1) 合理的理由欠如説と一見明白説

公訴提起の違法性判断基準として、合理的理由欠如説と一見明白説との対立があるとされるが、そのうち合理的理由欠如説は、芦別国賠判決の「起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りる」との判示をそのまま引用して、右嫌疑がない場合、これを言い換えて「有罪判決を期待しうる合理的な理由がないのに、あえて公訴を提起した場合に」違法になるとするものであるが、判断基準としては具体的なものとはいえない。

一方、合理的理由欠如説と対立するものとされる一見明白説は、「当該公務員の判断が違法というためには、行為時点における証拠資料等を評価するにつき、通常考えられる個人差を考慮に入れてもなお一見明白に行き過ぎと認められ、経験則・論理則に照らして到底当該判断の合理性を肯定できないという程度に達していることを要する」(寳金敏明・裁判実務大系一八巻三四三頁)というものであるが、このうち、証拠評価や法的判断について通常考えられる個人差を考慮に入れるとする部分は、合理的理由の有無の判断においても十分取り入れることができるものであって、現に、右の事実認定についての個人差、法解釈の相対性を考慮に入れて合理的な理由の有無を判断すれば合理的理由欠如説と一見明白説はさほどの差異がなくなると指摘されているところである。

(2) そして、芦別国賠判決の原審である札幌高裁昭和四八年八月一〇日判決は、「刑事訴訟法は、裁判官による証拠の評価につき自由心証主義を採用しているから、人によって証拠の証明力の評価の仕方に違いがあるため、一定の証拠によって形成される心証の態様・強弱の程度についても、ある程度の個人差が生じることを避け難い。裁判官と検察官との間においても、立場の相異から、証拠の見方や心証の強弱に差異がないとはいえない。(中略)これらの権力行使が違法であるというためには、警察官または検察官の判断が、証拠の評価について通常考えられる右の個人差を考慮に入れても、なおかつ行き過ぎで、経験則、論理則に照らして、到底その合理性を肯定することができないという程度に達していることが必要である。無罪の判決が確定しても、検察官の判断が通常考えられる右の差異の範囲内として是認できる場合には、その権力行使は適法行為として、国家賠償法による賠償の対象とはならないのである。」と判示しており、同判決は芦別国賠判決によって是認されているから、最高裁の採る合理的理由欠如説と右の判断基準とが対立するものでないことは明らかである。

(3) このように合理的理由欠如説の適用に当たって、証拠評価や法的判断について通常考えられる個人差、法解釈の相対性を考慮に入れるならば、一見明白説の主張するように、公訴提起が違法になる場合を、証拠評価や法的判断の誤りが「一見明白」なものに限るべき必然性はない。

(三) 今日、公訴提起の違法性判断のあり方をめぐる実質的な問題点は、合理的理由欠如説と一見明白説との対立にあるのではなく、一般論では職務行為基準説を採る旨を述べながら、実際の適用では結果違法説に立つと思われるような判断をしている判決が見られることであり、言い換えれば、国賠訴訟担当裁判官が、公訴提起時の検察官の立場での資料に基づき判断した上、自らの心証が有罪であれば適法とし、そうでなければ即違法とする、いわば証拠判断の代置を行ない、証拠評価や法的判断に個人差があり得ることを考慮しない事例があることであって、原判決もまさにそのような判断手法を用いていることが問題なのである。

2 本件業務上横領(公訴事実第一の一)についての原判決の問題点

(一) 原判決の判断の概要

原判決は、本件公訴提起に当たって、起訴の判断の中核になったと解される乙山春夫(以下「乙山」という。)の検察官に対する供述調書(以下「検面調書」という。)について、<1>同人の司法警察員に対する供述調書(以下「員面調書」という。)との間に重要な供述内容の変遷があることから、その変遷について丁原の影響があった可能性を考慮し、乙山と丁原の公私にわたっての関係を捜査した上、乙山の検面調書(以下「乙山検面」という。)の信用性を慎重に検討すべきであったのに、検察官にはこの点についての捜査の懈怠があった、<2>乙山検面中の乙山が弘前木材株式会社(以下「弘前木材」という。)から手形を受領した日については客観的事実に反するものであるところ、これを前提としてなされた、その後乙山が被控訴人から町長室で指示を受けたとの供述も他の事実と前後関係が矛盾することになり、担当検察官自身乙山に再確認する必要があると考えていたのであるから、乙山の再取調べが不可能になったからといって、右矛盾点の解明が不要になったわけではなく、起訴・不起訴を決定する場合にこのことを重視すべきであった、<3>乙山が二〇〇万円を被控訴人に渡したとする点に関しても供述の変遷があるうえ、この点に関する裏付けが全くなく、それと共に被控訴人が指示したという乙山に一三〇万円、丁原に三〇万円、弘前木材や青森銀行津軽支店にも各一五万円を分配するということについては、なぜそのような分配をするか明らかでなく、供述内容自体不合理であるし、右分配については丁原が三〇万円受領したこと以外に裏付けはなく、かつ、丁原はその趣旨を否定しているから裏付けとしては不十分であることなどから、乙山の供述全般に不合理な点が存するとし、かつ、被控訴人が不利益事実を承認した内容の検面調書については、横領された手形に関する被控訴人の関与を裏付ける供述ではあるが、内容が極めて曖昧であって、乙山の検面調書における供述を積極的に裏付けるものとはいえないとして、結局、本件起訴時点で乙山が病気のため再度の取調べが不可能であった以上、乙山の供述の不合理な点の解明はもはや不可能であったから、検察官としては公訴提起をしても被控訴人が有罪になる見込みはないと判断すべきであったもので、本件公訴提起は有罪判決を期待しうるだけの合理的根拠が欠如していたにもかかわらず、あえてなされたものとして違法であるというのである。

(二) しかし、右判断は、いずれも前述した事実評価の多様性を無視し、自己の心証を押しつけているもので、「疑わしきは罰せず」という刑事判決の判断をそのまま国賠訴訟に持込んでいるのであって、不当であることはいうまでもない。

以下、具体的に原判決の不当性を指摘する。

(1) 乙山検面の信用性について

<1> 供述の変遷

原判決は、乙山の員面調書と検面調書との間の供述の差異を捉えて供述の変遷として重視し、ことに、丁原の関与を否定する供述へ変化したことからいって、乙山と丁原との公私にわたっての交際を捜査した上、乙山検面の信用性を判断すべきものとするが、これは、原判決が、真実は乙山と丁原が共謀して本件横領事件を敢行した可能性があるとの疑いを抱いたからであると思われるが、仮にそうであれば、乙山は丁原を庇って被控訴人の犯行への関与を申し立てたことになるところ、このように事実を隠蔽して虚偽の供述をする者は捜査機関(当然警察を含む。)の取調べを受ける前に共犯者同士で綿密な口裏合わせをしている筈であり、本件のように三〇万円の交付の有無という重要な内容について供述内容が食違うことは考え難く、かつ、刑事事件及び本件国賠訴訟事件を通じて、丁原が共犯者であることを窺わせる証拠は乏しいのであるから、原判決をした裁判官が抱いた心証は根拠が薄弱であり、検察官が乙山と丁原の生活状況や両者の関係について積極的な捜査をしなかったからといって捜査の懈怠があるということはできない。

また、乙山の員面調書は、取調べ警察官が手形や関係帳簿などの物証を示すことなく、不正確な記憶のみに基づき述べたところをそのまま調書化したものであり、客観的証拠と食違うことが多いため証拠価値が低いことは明らかであり、更に、乙山の昭和五〇年二月一二日付供述調書(乙四八の二、以下、「第二員面調書」という。)は、その内容から明らかなように、そもそも基本となる乙山が仲介人かそれとも森林組合からの買受け人かの点について、明らかに客観的証拠と食違う虚偽の供述を含むもので信用性が低いし、このようなことのない同人の昭和四九年一〇月三〇日付供述調書(乙四八の一、以下「第一員面調書」という。)は、売買代金の額や支払方法が客観的証拠と食違ううえ、約束手形の受領についても、前年度と同様であると述べているのであって、十分に記憶喚起した上での供述とは解し難い。したがって、乙山の員面調書は乙山検面より格段に証明力が低いのであって、自ら乙山の取調べを行なった検察官が、供述の変遷を意識しつつも右取調べの実態から乙山検面に信を措くことは当然であり、起訴検察官の右判断が不合理であるということはできない。

<2> 手形受領日についての誤り

原判決が、乙山検面中の弘前木材からの手形受領の日が客観的証拠により認められる手形を受領した筈の日と食い違い、したがって、手形受領後になされたという平賀町長室での被控訴人から乙山が指示を受けたとの供述の信憑性も問題になるから、この点についての確認が必要であったとの点は、戊田検事もそのとおり考えていたのであるが、乙山は起訴前の時点で脳塞栓に罹患して取り調べ不能の状況だったのであり、一方、被控訴人は共謀事実自体を否定していたのであるから、これ以上の捜査は不可能で、捜査の懈怠は認められない。

更に原判決は乙山検面の不合理な部分が解明できないまま公訴を提起してよいとはいえないとするが、それが公訴提起を違法ならしめるとするのであれば、原判決の依拠する合理的理由欠如説に反するというべきである。すなわち、合理的理由欠如説は全証拠資料を総合勘案して有罪判決を得られる合理的な嫌疑があると判断できるか否かを問題とするのであって、個別の証拠の矛盾を問題とするのではないのである。そもそも、捜査において過去の歴史的事実が余すところなく明確にされることは希有であり、未解明部分が残ることは避けられないところであり、要は、その未解明部分が犯罪事実を立証する上でどの程度の重要性を有しているかであり、この観点から本件を見ると、乙山検面の客観的証拠との食い違いは記憶の混乱に起因するものと解されるが、その信用性を根底から損なうものではないとした起訴検察官の判断は不合理とはいえない。

<3> 乙山の手形交付の相手方

原判決は弘前木材から受領した手形について、乙山検面は員面調書と食違う上、丁原は組合の主事として手形授受を含めて組合の事務全般を扱っていて、弘前木材との売買交渉にも関与していたことからいって、乙山が丁原ではなく被控訴人に組合に納める分を含めて全部の手形を渡したというのは疑問があるとするが、前述したように、乙山の第一員面調書のこの点に関する記載の信用性は著しく低いから、これとの食い違いを重視すべきではない。

また、原判決が、乙山から被控訴人に渡ったとした場合のその後の手形の流れが不明であることは、乙山検面の信用性判断の必要不可欠な事情の一つを欠くもので乙山検面の信用性には疑問があるとする点は、右の手形の流れは組合内部の事情であって、そもそも乙山が知っている筈はなく、組合職員からの事情聴取も、事柄が古く、また日常的な業務に関するものであるため記憶に残りにくいことから困難であり、更に、被控訴人は本件犯行を否認し、手形の流れについても供述していない以上、真実がどうであったかは最終的に不明といわざるを得ないが、このことは手形が被控訴人に渡ったことがないことを示すものではないから、直ちに乙山検面の信用性に影響するというのは誤りである。例えば、乙山検面によれば、それ以前に全部被控訴人に渡っている筈の手形が、なにゆえに二回に分けて現金化されたのかが不明だと原判決が指摘する点も、林産勘定元帳の記載や営林署・財産区間の売買契約書等からすれば、昭和四五年八月七日に営林署に対する代金の支払いがあり、この分の六〇〇万円が先に現金化されたものと推認されるのであって、特に不自然なことではないのである。

<4> 被控訴人の乙山に対する指示の内容

原判決は、乙山検面における横領金員の分配に関する被控訴人の指示について、横領に関して直接の共犯とはいえない丁原や弘前木材、青森銀行津軽支店にまで分配する理由が明らかではなく、供述自体が不合理というべきところ、右供述については裏付けがないばかりか、むしろこれを否定する証拠が存在するから、乙山検面の信用性には大きな疑問があるとする。

しかし、これは、原審裁判所が刑事裁判所と同じ視点から証拠を評価し、自己の心証を唯一絶対的なものとして判断しているものであって、その手法は不当である。問題は、検察官が乙山検面における供述は信用できるとした判断の当否であり、被控訴人が右指示を出したことを否定している以上真実は不明であるが、右指示は、丁原の場合は営林署との売買交渉に同行したこと、弘前木材については高値で購入したこと、青森銀行については手形保証を認めてくれたことなど、一定の貢献があったことに対する謝礼として理解できるので不合理なものではないという検察官の判断が、到底認められないような不合理なものかどうかなのである。また、裏付けがないばかりか否定的な証拠があるとの点は、犯罪行為から得られた金員からなにがしかの金員を受取っていた場合に、その事情を全く知らず受取ることに何らやましい点がなくても、一般人としては、あらぬ疑いをかけられることを恐れて金員授受の事実自体を否定することは十分に考えられることで、原判決はこのような供述者の心理について全く考慮することなく、直ちに、金員の授受はなかったと判断しているものであって、その判断は極めて短絡的なものといわなければならない。

<5> 被控訴人の二〇〇万円の受領

原判決は二〇〇万円を被控訴人が受領したことの裏付けがないことは有罪判決を期待することの消極的事由となるとするが、共犯者内での横領金の分配は贈収賄事件における金銭授受に匹敵する極めて密室性の高い事柄であるから裏付けがなくても何ら不思議はないし、二〇〇万円というさほど多くない金額で、しかも捜査時点ではかなり日時が経過していたため裏付けがとれなかったもので、否認事件ではやむを得ないことであり、これを重視するのは相当ではない。

(2) 丁原の検面調書の信用性について

丁原の検面調書(昭和五一年四月二三日付、同月二四日付及び昭和五二年六月六日付の三通、以下、「丁原供述」という。)は、重要な部分で乙山検面と一致し、本件公訴提起に当たっての最重要証拠である乙山検面の信用性を裏付けるものであるが、これについても原判決は信用性を否定しているので、その判断の誤りを以下指摘する。

<1> 原判決は、丁原が後日乙山から、転売代金の内組合に入金されなかった分について被控訴人が二〇〇万円取ったと聞いたとの点について伝聞であるからとしてその信用性を否定する根拠の一つとしているが、伝聞供述であることは当該供述部分の証拠価値ないしは証明力にかかわるものではあるが、丁原供述全体の信用性を否定する理由にはならないし、当該部分について信用性を否定する根拠になるものでもない。

<2> 更に原判決は、丁原供述では、丁原は警察で取調べを受けるまでは弘前木材への代金は組合に入金された金額と一致するものと考えており一八二五万円であることを知らなかったというのであるが、同人の組合での立場や本件立木の払下げや弘前木材への売買への同人の関与状況からいって、同人が弘前木材への売買契約の内容を知らないとは認め難いから、丁原供述の信用性に疑問があるとする。

しかし、丁原供述やこれらの点に関する関係者の供述を検討すると、丁原は弘前木材との売買交渉に関して乙山に同行しているが、売買契約書を作成した昭和四五年八月三日には弘前木材に行っておらず、右売買契約書は組合には保管されていなかったのであるから、丁原が売買契約書上の売主が乙山になっていることを知らなかったとしても不自然ではない。他方、丁原は、弘前木材との売買交渉に同行していたことにより、最終的に決定された正確な金額は別として、組合に入金された金額より高額で売れたのではないかという疑問は持っていた可能性が高く、したがって、その差額分について乙山に聞いたことは十分あり得るのであって、これが警察の取調べ以後であるとする原判決の判断は誤りである。

(3) 被控訴人の不利益事実の承認

<1> 原判決は、被控訴人が検察官に対して「弘前木材から振出された手形三通の合計三九〇万円を仲介人であった乙山春夫らに仲介料その他の謝礼としてやったような記憶が思い出された。」と述べたことについて、被控訴人の嫌疑を裏付ける一事情になるとしながら、処分内容についての具体的供述ではなく極めて曖昧なものに過ぎないから、乙山検面の信用性を積極的に基礎づける供述とまではいえないとしている。

<2> しかし、原判決も認定するように、被控訴人は本件立木の営林署からの払下げ交渉に自ら臨み、組合への転売を決定し、乙山を仲介人として転売することを認識していたのであって、しかも、組合に入金されなかった手形三九〇万円の処理を認識していたとすれば、弘前木材への売却条件を被控訴人は認識していたと見るべきことは明らかで、検察官が前記供述を被控訴人の不利益供述として重要視したことは極めて合理的であって、それにもかかわらず検察官の右判断の合理性について判断せず、自己の心証を押しつける原判決の手法は、ここでも検察官の公訴提起の判断の合理性の有無を審理するという国賠訴訟担当裁判官の立場を忘れたものとして非難を免れない。

(4) 昭和四六年度の同種の嫌疑の存在

<1> 原判決は昭和四六年度の官行造林の売買で被控訴人が一三〇万円を横領した疑いがあることについて、この事実は嫌疑が十分裏付けられずに起訴もされなかったのであり、しかも本件横領とは別個の事実であるから、本件横領についての状況証拠とはならないとした。

<2> しかし、問題は右嫌疑で本件横領を立証することではなく、右嫌疑の存在が乙山の供述と被控訴人の供述の信用性の判断にかかわることなのである。本件業務上横領について、乙山が単独ではなし得ないことは明らかで、その場合に、共犯者としては被控訴人か丁原しか考えがたいところ、本件業務上横領の翌年である昭和四六年に同様の横領の嫌疑があり、しかも、それについては、証拠上、財産区と米沢との直接取引と見られ、組合の職員である丁原の関与の可能性が少ないことや、かつ、丁原は当時長期欠勤中で実際にも関与し得なかったと認められることからいって、共犯者が被控訴人である可能性が高く、このことは、被控訴人との共謀を認める乙山供述の方が、これを否定する被控訴人の供述よりも信用性が高いと判断するに当たって極めて重要な点であって、原判決は、これを看過している。

3 虚偽有印公文書作成の事実について

(一) 公訴事実第一の二

(1) 本件は昭和四六年六月七日財産区が営林署から買い受けた立木一万三七〇九本(以下「四六年度立木」という。)につき、同年七月六日付で、財産区から米沢正人(以下「米沢」という。)に売却したという内容の売買契約書と財産区が組合に売却したという内容の売買契約書の二通が存在し、両契約書の内容は矛盾するからそのいずれか一方が虚偽である疑いがあったところ、四六年度立木の最終的な買主である米沢は捜査段階において真実の取引は財産区と米沢との直接取引であると供述しており、売買契約の仲介人であった乙山や組合の経理処理を行なった丁原、更に右売買契約書二通を作成した甲田松夫(以下「甲田」という。)も同様の供述をしていたほかに、被控訴人自身も検察官に対して、営林署からの払下げ条件違反を隠す目的で被控訴人が甲田に指示して財産区と組合との間の虚偽の売買契約書を作成させた旨の自白をしていたのであるから、これらの証拠資料を総合勘案して、検察官が、本件で実際に行われた取引は財産区から米沢への直接売買であって、財産区と組合との間の昭和四六年六月七日付売買契約書は虚偽の内容の文書であると判断したことは合理的であり、右事実により公訴を提起したことに何らの違法もない。

(2) 被控訴人の主張に対する反論

<1> 被控訴人は、財産区と組合の契約書こそが真実に合致するもので、財産区と米沢との売買契約書は甲田が誤って作成したものである旨主張するが、被控訴人は、捜査段階において業務上横領の事実については一貫して否認していたにもかかわらず、虚偽の売買契約書作成についてはこれを認める供述をしていたのであって、前記のような弁解は刑事第一審で初めてなされたものである。しかし、右弁解が捜査段階でできなかった理由は全く存在しない。被控訴人がこのような弁解をしていないのに、検察官に捜査段階でこのような弁解を予想してこれを前提とする証拠の評価や捜査を行なうべき義務はなく、かつ、これを検察官に期待することは不可能というべく、検察官の判断ないし捜査懈怠をいう被控訴人の主張は失当である。

<2> 被控訴人は、米沢が平賀町と財産区の区別及び財産区と組合の区別を明確に認識していたかどうか疑わしい旨主張し、それに関連して、米沢が売買代金を支払って受領した平賀町収入役作成の領収書についても、事後に取引の実態とは別に単純に入金の事実を確認するために作成されたのに過ぎないとして証拠価値が少ないように主張している。

しかし、米沢の検面調書によれば、米沢は財産区と米沢との売買契約書のほかに、代金額がそれより多い組合と米沢との契約書も作成し、更にそれから一か月後に、丁原から同様のことを言われて、組合と米沢間の代金一六五〇万円の売買契約書を作成したというのであるから、財産区と組合とを同一視していたとは到底考えられない。また、米沢の刑事公判における証言によっても、米沢は売主が財産区であると認識していたことが明らかで、被控訴人の引用は誤っており、だからこそ、米沢は組合ではなく平賀町役場に支払い、財産区を含む平賀町の入出金を管理する出納室長であった甲田が領収書を作成しているのであって、被控訴人の主張はこの点でも失当である。

(二) 公訴事実第二

(1) 前記のように米沢へ四六年度立木を売却したのは財産区であると証拠上認められるのであるから、これと内容的に矛盾する本件委託契約書についても、検察官がこれを虚偽公文書と認定したことは当然である。そして虚偽性の認識及び行使の目的は否認するものの(右否認する点についての弁解は不自然極まりない。)本件委託契約書作成については認める共犯者丙川夏夫(以下「丙川」という。)の供述及び全面的に犯行を認める被控訴人の自供を総合勘案すれば、検察官が有罪判決を期待し得る合理的理由があるとして公訴を提起したことは当然である。

(2) 被控訴人は、検察官が、財産区の組織、意思決定方法、執行方法や被控訴人が当時多忙であったことについての捜査を怠ったと主張するが、前記のような証拠関係において、被控訴人から多忙につき盲判を押していた等の弁解があったわけでもない以上、これらの点についての捜査を行なう必要はなかったから、被控訴人の主張は失当である。

(3) 本件委託契約書偽造について、被控訴人は、検察官がその動機について、本件犯行の動機を「財産区と組合との間の委託契約書を作成しておけば、前年度と同様の処理をしたとの言い逃れをすることができる」ことにあるとした判断をやむを得ないとしたことを非難しているが、財産区では昭和四二年から五年間の継続事業として営林署から官行造林の払下げを受け、昭和四二年から昭和四四年までの三年間は払下げの際の条件に従って、財産区が組合に委託して丸太として販売していたが、これで多額の欠損が生じたため、昭和四五年度及び昭和四六年度は契約条件には違反するが、立木のままの転売をしたというのであり、被控訴人もその趣旨の供述をしていたのであって、適法な処理をしていた年度の契約に形式だけでも揃えることによって追及を免れようとすることは十分あり得ることで、犯行の動機として合理性があると考えた検察官の判断には何ら誤りはない。むしろ、被控訴人の主張する平賀町議会の加藤東一郎議員(以下「加藤議員」という。)の追及で腹を立てた丙川が被控訴人の無知に対する腹いせにいたずらで作ったということの方が動機として不自然、不合理と言うべきである。

二  被控訴人の主張

1 公訴事実第一の二について

(一) 原判決の判断

原判決は、同事実について、米沢、乙山及び丁原の検面調書並びに甲田松夫の自白調書、被控訴人の自白調書を列挙して、これらの根拠があるから検察官の起訴に違法はないと判断している。

しかしながら、右各供述調書が戊田検事以外の検事もしくは司法警察員の取調べによるものであれば、当該調書を公訴提起時の客観的資料として扱うこともやむを得ないが、前記検面調書及び自白調書はいずれも戊田検事取調べにかかる供述調書であるところ、同検事の取調べ方法等に問題があったことは刑事事件の判決も指摘するところであるから、これらを無条件に公訴提起の適否の判断材料にすることはできない。原判決はこの点の吟味が不十分で、供述の任意性の問題としてのみ取り上げ、結局違法、不当に作り上げられた供述調書を前提として起訴はやむを得ないと論じているもので、その論理基盤には重大な欠陥がある。

以下、個別に検討する。

(二) 米沢の検面調書

(1) 米沢の検面調書を子細に検討すると、平賀町が売主という言葉は各所に出ているが、財産区という形での売主を明確にした説明は一切なく、刑事事件の公判での米沢の証言によれば、米沢としては山の所有者が誰であっても差し支えなかったのであり、同人が平賀町と財産区との区別、そして財産区と組合との区別を十分に認識していたとは言い難い。

(2) また、右取調べに当たった戊田検事も平賀町と財産区の区別を明確に認識していなかったと解されるところ、米沢の取調べを行なうに当たって、米沢がどのような認識をしていたかを聞くこともなく、当然知っていると思ったという独断に基づき供述を得ているのであって、この結果、平賀町からの領収書について、財産区に支払ったとの供述はなく、町に支払ったとのみ供述されているのである。

(3) 結局、戊田検事は米沢に対する取調べにおいても、通常の検察官が行う地道な捜査を遂行することなく、自らの常識と称する独断によって検面調書を作り上げたのであって、同調書は起訴の適否の十分な根拠となり得るものではない。

(三) 乙山検面

乙山検面に信用性がないことは、原判決も本件業務上横領に関して認定するところであるうえ、同調書の記載からは取引主体は財産区であるとは明言しておらず、組合が主体であると読める部分もあるのであって、被控訴人に不利益な箇所のみを選択して公訴提起の適法性判断の基礎とするのは相当ではない。

(四) 丁原の検面調書

原判決は、丁原の検面調書にある、丁原が被控訴人に組合への入金の趣旨について聞いたところ、財産区と米沢との取引だと言っていたことを、公訴提起の適法性の判断根拠とするが、同供述は、組合への入金について、昭和五二年六月一〇日付の調書では自分の知らないうちに入金されたと述べていながら、同年七月六日付の調書では、うち七〇万円は口座に入ったが、残りの五四二万五〇〇〇円は青森銀行平賀支店支払の小切手で入金して、自分が現金化したと述べており、更に同月一二日付の調書では小切手を受取った時点では出張中で、太田書記が現金化して本町山林組合に支払ったと述べるなど、単なる記憶違いでは済まされない変遷をしているのであって、このことからいっても、丁原の検面調書の供述には信憑性がない。

(五) 甲田の自白調書

(1) 甲田の自白調書は僅か四丁であって、領収書作成の経緯も明らかにされていない。通常の能力を有する検察官であれば、当然右事情は確認する筈であって、確認していれば、入金の前提となる契約について甲田が認識していないことも当然明らかになっていた筈である。

(2) また、甲田が戊田検事の尋問を受けたのは昭和五二年七月六日のことであるから、問題となっている契約書作成から六年も後のことであり、通常人であれば明確な記憶は期待できないものであって、結局、契約書作成とは別個の機会に作成された領収書及び二通の売買契約書を根拠に戊田検事が一方の契約書を虚偽のものと軽信し、甲田が原審において証言するように強引な取調べを行なって、それに沿う供述調書を作成したものに過ぎない。

(3) すなわち、財産区から組合への売買契約書及び財産区から米沢への売買契約書があった場合に、その内容は矛盾するのであるから、どちらかが間違いだとしても、それが財産区から組合への売買契約書が間違いだということにはならないのであって、四六年度立木の買主である米沢は、信用のおけるところから立木が入手できるのであれば、それが財産区であれ組合であれ、法律的にも経済的にも差異はなく、一方、財産区としては組合を通さずに売却しなければならない理由はなく、委託の形を取ることが対営林署関係でむしろ好ましいし、組合としては、財産区から買受け、米沢に売却することで利益を上げられるのであるから、財産区及び組合の双方の代表者であった被控訴人が組合を通して米沢へ売却する方法を選んだことは明らかであって、前記二通の売買契約書のうち、財産区から米沢への売買契約書が誤りで、これは本来組合から米沢への売買契約書であるべきだったのである。このような誤りが生じたのは、組合の事務を取り仕切っていた丁原が当時長期欠勤していたため、事務に不慣れな被控訴人及び甲田が誤ったためと理解するのが経験則に合致する。

それにもかかわらず、戊田検事の論法では、被控訴人らは、財産区にとって特段のメリットもない方法を選択したうえ、あまつさえ虚偽公文書作成までなしたというのであり、これが不合理であることはいうまでもない。

(六) 被控訴人の自白調書

(1) 被控訴人の自白調書も結局、戊田検事が前記領収書を根拠に強引に誤導したものに過ぎない。しかるに、原判決は、どうしてこのような誤りが生じたかについて被控訴人が弁解しなかったことを公訴提起の適法性の判断の根拠としているが、当時多数の役職を兼務していた被控訴人に六年前の一取引を正確に記憶喚起して、強引な取調べに対抗して弁解せよというのは無理を強いるものである。被控訴人は、当時、全く身に覚えのない業務上横領の嫌疑をかけられ、それに必死で身を守っていたのであり、結果的に管理、監督上のミスがあって誤った契約書が作成されている本件取引については、十分に抗し得なかったのである。

(2) しかし、戊田検事は、検察官が通常遂行すべき裏付け捜査を怠り、後日単純に金の流れを確認するために作成されたに過ぎない領収書に過大な意味合いを見出し、それを増大して被控訴人に迫ったのであり、予断に基づいた違法な捜査方法がこの場合にも問われなければならない。

(七) 戊田検事の弁解

(1) 組合の赤字対策について

組合が当時抱えていた赤字の処理の関係で、組合を通しての売買が必要との被控訴人の主張に対し、戊田検事は、組合の赤字解消策としては財産区が得た収益を組合に貸し付けて組合が事業を行なって利益を上げる方法があったから必ずしも組合を間に入れる必要はないと考えたもので、右判断には合理性があるかのように原判決は判示しているが、被控訴人の検面調書に右のような方法が述べられているのは戊田検事が被控訴人を誘導し、理論的にはこのような方法もあると認めさせたのに過ぎず、組合の赤字解消には、そのような迂遠な方法を採るまでもなく、組合を間に入れることの方が容易かつ確実だったのであり、戊田検事の弁解は到底合理性があるとはいえない。

(2) 税の申告について

戊田検事は、財産区から米沢及び組合の双方に売り渡した契約書が作られた理由は、組合との契約書を作ることによって組合を通して売渡したとの言い訳ができるとともに、真実の取引である米沢との売買契約書を残しておかないと税の申告や税務調査の場合に不都合が生じる可能性があったため、両方の契約書を作っておき、後に立木のままの転売が問題になった場合には財産区と米沢間の売買契約書は破棄するつもりであったものと考えた旨弁解し、原判決も、これは一応合理性があるとした。しかし、間に組合を入れた取引にしたからといって、税の申告や税務調査の際にどのような不都合が生じるのか明らかではない。原判決は背後の事実関係を十分考察せずに、推論の余地があれば一応の合理性があるという論法で戊田検事の弁解を救済しているが、通常の検察官が公正に推論した場合にこのような理解に達するかは甚だ疑問である。

2 公訴事実第二について

(一) 原判決は公訴事実第二について、戊田検事が予断に基づいて拾い集めた証拠を中心にして検討し、公訴提起に至る思考過程を合理的として被控訴人の請求を棄却した。しかし、合理的推論であるか否かは、起訴時点で実際に収集されていた証拠だけではなく、通常の検察官であれば当然収集した筈の証拠をも含めて検討されるべきである。すなわち、犯罪の存否を確かめるため真相解明に向けて真摯な捜査活動を行えば、<1>有罪を推認させる証拠、<2>中間領域の証拠、<3>無罪を推認させる証拠が各々収集され、それらを総合判断して合理的な推論をするのが捜査の常道である。それにもかかわらず、戊田検事のみならず原判決も<1>の証拠のみに限定して判断し、その推論を合理的であると言っているのに過ぎない。

(二) 文書の内容の虚偽性の有無

虚偽公文書作成罪は真実に反する内容の公文書を作成する犯罪であるから、真実の取引がいかなる内容であったかの確認は欠かせないにもかかわらず、戊田検事は契約当事者である財産区の組織、意思決定機関とその意思決定の方法、執行機関と執行の方法について基礎的な捜査を怠ったばかりか、常識と称する自己の誤った事実認識に基づいて独自の捜査を怠り、乙山及び丁原の供述から単純に被控訴人の独断専行と盲信し、独善的思考で論理を組立て、本件の公訴提起となったものである。

このことは、財産区の執行方法について、戊田検事が執行機関がまず執行し、その後議会が承認するという誤った考えを起訴当時有していたこと、その前提として財産区の組織、意思決定の方法等について調べる必要はないと考えていたこと、米沢が役場や財産区、組合を十分区別して認識していたのかという本件公訴事実に関しすこぶる重要な点について何ら確認していないことなどから明らかである。

(三) 被控訴人の自白

原判決は捜査段階での被控訴人の自白が存することを重視するが、戊田検事は刑事控訴審判決も指摘するように、昭和四六年七月六日付売買契約書を所与のものとしてこれとの食い違いを質すという追及の結果、誤りを認めざるを得なくなったもので信用性が乏しいし、戊田検事は何よりも被控訴人が右事件当時どのような執務状態であったのか、具体的には、兼職の数や一日あたりの書類決裁件数などの捜査を行なうべきであったのに、これをすることなく、自己の認識を常識であるとして、これに基づく独断的思考を行ない、右自白を得たものであるから、このような自白が存在することを重要視するのは不当である。

(四) 文書作成の動機

原判決は、本件委託契約書作成の動機を、被控訴人及び丙川が、平賀町議会において野党議員から、組合総会の資料では委託事業とされているのになぜ組合と米沢間の立木売買契約書が存在するのかについて、その理由等を追及され、払下げ条件に違反して立木のまま処分したことを隠蔽する目的で、事後的に虚偽内容の委託契約書を作成したものと判断したことは合理的であったとする。

しかし、平賀町議会議事録によれば、町議会で追及されたのは主として組合に対する一〇〇〇万円の助成であり、次いで木材引取税の問題などであり、原判決が認定するような組合と米沢との間の売買契約書が存在するのはなぜかといった質問はなされておらず、原判決は会議録そのものに当たることなく戊田検事の言い訳を鵜呑みにしたもので前提事実を誤っているし、野党議員は昭和四二年から払い下げ条件違反の転売が行われているのではないかと追及しているのであるから、昭和四六年度において前年度と同様の処理をしても加藤議員の追及に対する言い逃れとはなり得ないものであり、原判決の判断は誤っている。

(五) 文書の作成時期

原判決は本件委託契約書作成の日時を昭和五〇年九月頃とした上、それが昭和五〇年二月一五日に提出された筈の契約書綴りに綴られている理由を、何らかの事情で何人かが捜査官に提出し、これが右契約書綴りに綴られた可能性があるとしているが、可能性があるということはそう推論するのが正当だということではないところ、本件で問題なのは、戊田検事は起訴に際して、前記の矛盾点について気づいていなかったということであり、このことは、同検事が起訴に当たって虚偽公文書作成の日時について証拠書類を十分検討することなく、動機に関する誤った認識を前提として安易に公訴を提起したことを物語っている。

(六) 取引の実態

原判決は、組合の事業報告書や営林署宛の払下げ要請文書に委託としてあるからといって、現実に財産区から組合に対する販売委託が行われたとは断定し得ないとしているが、右事実に加えて、公訴事実第一の二について前述したとおり、組合、財産区、米沢の各当事者の利害得失、認識、その後の会計処理、動機等を総合勘案すれば、財産区が組合に販売を委託し、組合から米沢に売り渡されたと解すべきことは明らかで、これらはすべて起訴時点で検察官が入手していたか、もしくは十分入手し得る証拠資料であるから検察官の起訴が違法であったことは明らかである。

(七) 丙川の供述

原判決は、丙川の捜査段階における供述について、丙川が本件委託契約書の作成を認めており、虚偽性や行使の目的については否認しているが、同人が本件で問題になっている取引には関与していなかったのに、より詳しく事情を知る者に問い合わせることもなく、書類を日付を遡らせて作成し、組合監事の名義の文書を勝手に作成したうえ、書類に収入印紙が貼られ、町長の職印等が押捺されていることから、虚偽性の認識・行使の目的を判断することには合理性があるとしているが、当時、組合の実務を大部分処理していた丁原は長期欠勤中であり、本件で問題となる取引には関与しておらず、また、被控訴人は具体的な取引の法律上の性格等の認識は十分でなかったのであるから、これらの者に聞くことはできないのであって、組合の業務報告書等から委託が正しいと判断したまでで、それが虚偽の認識につながるとはいえず、加藤議員の追及と被控訴人の無知に対する怒りから腹いせに本件委託契約書を作成したもので行使の目的はなかったという丙川の弁明の方が首肯できる。

3 本件業務上横領に関する控訴人の原判決批判についての反論

(一) 本件業務上横領について、物的証拠は皆無であって、直接的証拠は乙山検面のみであることは控訴人も認めるところである。そして、右乙山検面が信用し難いことは原判決が述べるとおりであって、控訴人の主張は失当である。

(二) 乙山の員面調書の評価について

(1) 控訴人は乙山の第二員面調書について基本となる取引の形態について虚偽の供述を含むから信憑性が乏しいと論じているが、乙山が組合から購入して自らが売主として弘前木材に転売したとの供述の方が取引の実態に合致していた可能性がある。戊田検事の考えによれば、乙山は販売に関する権限を委任する旨の委任状の交付を受けて売買の仲介をしながら何ら仲介手数料を受領せず、収入は全て横領した金額から受領したという不合理なことになる。右員面調書は信用性が低いのではなく、ただ被控訴人の起訴にマイナスの材料になるから、戊田検事はこれを否定したものに過ぎない。

(2) また、控訴人は、乙山の第一員面調書についても、売買代金の額やその支払方法、回数などが客観的証拠と食違っていることや横領金の分配などで不合理な供述をしていることなどを根拠に、これも信憑性が乏しいと主張するが、右員面調書に信用性が乏しいとすれば、それは、警察官の取調べ方法に問題があったからではなく、乙山自身に問題があったのであって、乙山検面の信用性にも関係するものといわなければならない。

(3) 控訴人は、乙山検面には、弘前木材から手形を受取った時期について客観的証拠と食い違う点があったが、再確認が乙山の病気のため不可能であったものであるから、捜査の懈怠はないと主張するが、本件の全証拠資料を総合勘案しても、被控訴人を起訴した根拠は乙山検面のみであって、一方、未解明な点は多々あったのであり、そのような場合に乙山検面に未解明な問題点があったならば、結論としては不起訴しかなく、未解明なまま起訴してよいという事案では全くない。

(4) 被控訴人の乙山に対する指示の内容について合理性があるとの戊田検事の判断は正しいと控訴人は主張するが、青森銀行に対する謝礼の点については、一般人が手形保証をした場合に、手形振出人が謝礼を出すことは考えられないではないが、手形の受取人が謝礼を出すことは実務上あり得ないし、まして、銀行が業務として行なった手形保証に謝礼を出すことなど全く考え難く、合理的な判断とはいえない。丁原に交付された三〇万円についても、たまたま丁原が同額の金員の交付を認めているとはいえ、その趣旨は全く異なるのであるから、これが乙山検面の十分な裏付けになるという戊田検事の判断は、現行司法制度の下では到底容認できない。

(5) 控訴人は、被控訴人が二〇〇万円の金員を受領したことの裏付けができなかったことについても、事案の性質上やむを得ない旨主張するが、検察官は、被控訴人の生活状況、収入、支出について十分捜査を行わなかった。すなわち、検察官は、横領金員費消の可能性を追及するために被控訴人の通帳等を押収したものの、これを窺わせる証拠が全くなかったことについて、これを嫌疑不十分の根拠と捉えることなく、古いことであり証拠が散逸したに過ぎないと独りよがりの判断をしたのであって、乙山や丁原が妻以外の若い女性と同棲しているなど、横領があるとすれば同人らの手元に入っている疑いが強い事情がありながら両名の生活状況の捜査を行わないなど基本的捜査を怠った結果であって、これを免罪することはできない。

(三) 丁原の供述の評価について

(1) 丁原の供述については、控訴人もそのまま全面的に信用し得ないことは認めるところであって、丁原は組合の主事として業務全般を統括するものであり、かつ、数年にわたり乙山が組合の物件を木材業者に売却する交渉に同行しているもので、昭和四五年度の取引においても、弘前木材との売買交渉に乙山と同行しているのであるから、最終の契約日に同席していなかったとしても、事後に売買契約書を受領し、組合に保管していた筈であり、前記供述のように契約内容を知らないなどとは考え難く、また、これらの状況に照らせば、売買代金からの横領があったとすれば、組合長である被控訴人と乙山だけで横領を行なって丁原に知られずに済んだ可能性は皆無である。

このように丁原の供述は信用し難いのに、戊田検事は自らに迎合する丁原の供述態度を真摯な態度であると錯覚し、共犯者である可能性が高い同人について、犯行動機の有無に関する家庭生活や収支の状況等について必要な捜査を全く怠り、同人が自己の責任を免れることに終始した供述を鵜呑みにして調書化したものであって、その過失は重大である。

(2) 控訴人は乙山と丁原が共犯者であるとすれば、事前に綿密な口裏合わせをする筈で、そうであれば、当初丁原が否定していた丁原に対する三〇万円の交付など丁原にとって不利な事実を乙山が供述する筈がないと主張するが、乙山と丁原は無頼な生活を続け、本件犯行をなしたうえ、乙山が警察の取調べを受けるや慌てて、犯行に関与したことの物的証拠の少ない丁原を除外して、政治的意図からの告発者である成田義郎の意図に従って被控訴人を罪に陥れるための打ち合わせを行なったものと解されるから、控訴人の主張は当たらない。

また、控訴人は、本件において丁原が共犯者であることを窺わせる証拠は乏しいと主張するが、控訴人も主張するとおり、横領がなされたとすれば、乙山のみではなし得ないことは明白であって、被控訴人か丁原のいずれかが共犯である筈であるところ、丁原にはその動機も犯行の機会も十分にあったことは本件に現われた証拠から認められるのであって、それ以上の直接証拠が存在しないのは、戊田検事が、丁原の供述態度を真摯な態度であると軽信し、同人を被控訴人に対すると同等に疑いの目をもって取り調べなかったために、丁原が収入と不釣り合いな支出をしているなどの情況証拠が収集できなかったからに過ぎない。

(四) 起訴の違法性についての判断基準について

控訴人は検察官一体の原則を無視して、個人差を強調するが、控訴人の強調するように個人差を重視するならば、過失責任は成立せず、無罪の認識を有しながらあえて他の理由から起訴に踏み切った故意犯のみが検察官の違法起訴に基づく国家賠償の対象となってしまう。

そして本件は個人差の問題ではなく、被控訴人の弟が黒石警察署の次長であるとの誤った認識から警察の捜査は信用できないと思いこんだ戊田検事が政治的陰謀の強い圧力に抗し得ず、通常の能力のある検察官であれば当然行う筈の横領の動機、利得金の使途の解明等の基本的捜査を欠いたまま起訴に踏み切ったものでどのような説を採ろうとも違法であることは明らかである。

4 損害について

(一) 検察官の事件処理には起訴処分のほか不起訴処分があり、犯罪の嫌疑のない場合(嫌疑なし及び嫌疑不十分)に限らず、嫌疑があっても起訴便宜主義に基づき起訴猶予処分にすべき事案もある。犯罪白書によると、起訴猶予率は四〇パーセント近い高率であって、特に横領罪に限定すれば、起訴率の方が二〇パーセントを若干超える程度である。戊田検事の収集した程度の証拠で、横領罪の公訴を提起することは、通常の検察官の判断とは大いに異なるといわざるを得ない。

(二) 我が国の検察は、このような起訴猶予制度を活用して無罪率〇・二パーセントという成果を上げ、国民の期待に応えているのであるが、その結果、国民は起訴されたものはほぼ有罪に間違いないとの認識を抱いていて、有罪の確定までは無罪の推定を受けるという法制度上の理念は国民感情からは受け入れられていないのが実情である。このため、起訴された者のダメージは非常に大きい。本件違法起訴により、被控訴人のマイナスイメージは回復し難く大きく、被控訴人が被った精神的、経済的損害は甚大である。

(三) 原判決は、本件業務上横領についてのみ起訴が違法であったことや町長選挙が複雑な要因の下で有権者の評価と選択によって決せられること等を根拠として、町長選挙落選と違法起訴との間に相当因果関係が認められないとした。しかし、被控訴人の町長選挙の得票は昭和四一年、昭和四五年、昭和四九年と着実に伸びており、次点との差も広がる一方であり、多選の批判は被控訴人には妥当しなかったため、反対派が焦って虚偽の告発に踏み切り、これに乗せられた本件違法起訴を反対派は最大限利用して、昭和五三年一一月の平賀町町長選挙では専ら刑事被告人であることを攻撃材料として選挙運動を展開した反対派原田忠太郎が僅差で被控訴人を退けたのである。昭和五七年の次回の選挙も被控訴人の刑事裁判が係属していたため、被控訴人が推していた奈良蓮雄は原田忠太郎に敗れたが、昭和五九年九月に青森地方裁判所弘前支部で一部無罪の一審判決がなされ、更に昭和六一年六月に仙台高等裁判所秋田支部で全部無罪の控訴審判決がなされた結果、昭和六一年一一月の町長選挙では被控訴人が推した奈良蓮雄が原田を敗って当選したのであり、この事実は本件違法起訴と被控訴人の町長選落選との間に相当因果関係が存することを明白に証明するものである。

したがって、本件違法起訴により被控訴人の被った精神的、金銭的損害は合計九〇六万円を下るものではない。

第三  判断

一  公訴提起の違法性の判断基準について

検察官の公訴提起は、公訴提起時において検察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば違法性を欠くものであることについては、当裁判所も原判決と同様に判断するので、これ(原判決四四枚目表六行目冒頭から四五枚目表三行目末尾まで)を引用する。

ところで、検察官による公訴提起は、刑事訴訟の一方の当事者である「検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示」であるとされていて、本来は最終判断ではなく裁判所の判断を求める前提手続にとどまるのであるが、その性格は国家の刑罰権行使に関する重大な行政処分であり、しかも、我が国における有罪率が極めて高いことから、起訴即有罪というのが国民の一般的な意識であるため、起訴それ自体によって被告人に致命的な打撃を与えかねないという現状にあることに鑑みれば、検察官による公訴提起は軽々になされるべきではなく、一応の証拠があれば足りるのではなく、原則として、検察官の判断によれば、前記の合理的な判断過程により有罪と認められる場合に限って許されるものと解される。

しかし、前記のような裁判所の判断を求める手続であることからいって、例外的な場合ではあるけれど、検察官の判断だけで不起訴にしないで、起訴して公開裁判を経た上での裁判所の判断を求めるのが世論に合致するとして、検察官が有罪判決に絶対的な確信を持てないまま起訴することも許される場合がある(横井大三・公判法体系第一巻八二頁参照)ように、起訴が許されるのは、前記の資料により判断されれば有罪となる場合に絶対的に限定されるものではない。

そしてまた、控訴人が主張するように、証拠の取捨選択による事実認定は、数学の証明問題とは異なり絶対的な正解というものはなく、人によって千差万別であり、法律の専門家として知識及び経験を有する通常の検察官においても強気の見方、弱気の見方等多様であると考えられ(検察官一体の原則があり、公訴提起に当たっては上司の決裁を得なければならないにしても、検察官は独任制の官庁であるから、起訴又は不起訴を決定した検察官がどのような判断をしていたのかが問題になるのであり、総体としての検察官の判断というものはあり得ない。)、そのような事実認定の多様性を考慮すれば、検察官のした起訴が違法になるのは、有罪判決を期待し得る合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかな場合(最高裁平成八年三月八日判決、判時一五六五号九二頁参照)に限られるというべきである。

そこで、右基準に照らして、以下起訴にかかる公訴事実ごとに違法性の有無を検討する。

二  本件業務上横領について

当裁判所も、本件業務上横領の公訴事実に関する検察官の起訴は違法であると判断するものであるが、その理由は次のように付加・訂正及び削除するほかは、原判決が説示するとおり(原判決四六枚目表二行目冒頭から九七枚目表六行目末尾まで)であるから、これを引用する。

1 原判決六七枚目裏末行目冒頭から六九枚目表三行目末尾までを次のとおり変更する。

「また乙一二号証の二(丁原の検面調書)や甲四三号証(須藤衷和の証人尋問調書)などによると、丁原は山へ出かける際にはいつも乙山と一緒に行き、乙山が個人的に山林を買う際の現地調査を丁原が行なうなどのかなり親しい間柄であったことが窺えるところ、前記の乙山の員面調書における丁原の役割についての供述の変化が、調書上明らかな丁原に対する警察官の取調べ以後生じていることからすれば、乙山と丁原の間に何らかの打ち合わせがあった疑いも生じること、更に本件業務上横領については、乙山単独ではなし得ず、組合もしくは財産区に共犯者がいることが当然考えられるところ、被控訴人以外にそのような権限があり、犯行をなし得るのは丁原しかいなかったのであるから、右のような乙山と丁原との関係は検討の要があったといわざるを得ない。尤も、甲二四号証(成田勇作の証人尋問調書)によれば、丁原は、本件業務上横領に関する警察官の捜査着手以前の昭和四七年六月頃、組合内部の乱脈経営に関連して取調べを受けたことがあり、それも経営を乱脈にしているのは丁原であるがその上に組合長である被控訴人がいるとの投書により捜査が開始されたものであるが、結局、立証できずに捜査が打ち切られたこと及び本件業務上横領事件の捜査に当たった警察官成田勇作も乙山と丁原が共犯であるとまでは疑っていなかったことが認められ、前記の供述の変遷から、乙山と丁原の共謀関係を疑うべきものとまではいえない(ただし、この変遷は、総合的に丁原の供述の信用性を判断する際の重要な判断材料の一つであることには変わりはない。)。」

2 原判決七〇枚目裏八行目冒頭から七一枚目裏一行目末尾までを次のとおり変更する。

「なお、乙四八号証の二(乙山の第二員面調書)には、前記の被控訴人の指示がなされたのは乙山が組合から本件立木を買い受けた昭和四五年七月二五日頃であると述べている部分があるが、乙山検面によれば、乙山の主たる業務は本件の財産区や組合に関する木材売買の仲介であって、自らが製材・販売等の業務を行なうものではなく、かつ十分な資力を有していたわけでもないのであるから、このときに限り、組合が乙山に売却し、乙山が転売して多額の儲けを上げるような取引をすべき特段の事情もなく、乙山が本件立木を買い受けて、自分の所有するものとして弘前木材へ売却したとの同供述はそもそも信用し難く、被控訴人の指示が行われた時期につき検討する資料にもなり得ない。」

3 原判決七二枚目表一〇行目の「同様の誤りがある。」の次に、「検察官は右取調べにおいて、いずれも約束手形を示しながら尋問しているのであるが、右手形には銀行保証の日が昭和四五年七月三一日と記載されているのであるから、右保証がなされてから後に、右手形が売主に交付されたであろうことは当然理解できる筈で、検察官がこの点を見落として尋問したものといわざるを得ないけれども、この点から直ちに捜査の懈怠があるとまではいえない。」を付加し、同じ行の「しかしながら、」から原判決七三枚目表六行目末尾までを次のとおり変更する。

「しかしながら、右の点は仮に記憶違いであるにしても、前記の客観的証拠からは、契約書が作成された後に代金が約束手形で支払われたことが明らかであり、約束手形を受領後に買主を乙山にした契約がなされたわけではないというべきで、前記乙山検面には、その点で重大な誤りがあり、これは、後に述べる、その際に被控訴人がしたという指示の内容自体が不合理である点と並んで、右供述全体の信用性にかかわる重大な問題であり、乙山に対するそれ以上の取調べができなくても起訴することが許されるか否かの判断についての重要な論点の一つということができる。」

4 原判決七五枚目表八行目冒頭から同八〇枚目表四行目末尾までを削除する。

5 原判決八〇枚目表九行目冒頭から同裏六行目までを削除し、同七行目冒頭から同一一行目の「えない。」までを次のとおり変更し、同行目の「また、」以下を行を変える。

「しかしながら、右の金員の分配に関する指示は不合理極まりないものである。すなわち、前記のとおり横領されたと考えられる金員は三九〇万円であり、そのうち被控訴人が二〇〇万円取得する理由はともかくとして、右供述内容による限り横領行為に荷担したわけでもない丁原や弘前木材、青森銀行にどうして金をばらまかなければならないのか疑問で、常々調査等に同行して協力して貰っている丁原に乙山が礼を払うのは分かるが被控訴人が謝礼を払ういわれはないし、弘前木材は単なる買受け人であり、リベートを支払うという約束もないのに被控訴人が弘前木材への支払いを指示するいわれもなく、更に通常の銀行業務として弘前木材の信用性を判断して銀行保証したに過ぎない青森銀行の担当者に謝礼を払うのも不自然で、このようにいわれもなく金をばらまくことは何か不自然な収入があったことを宣伝するようなもので、横領という犯罪をなそうとする者が考えることは到底思われない。」

6 原判決八二枚目表八行目冒頭から同八四枚目表四行目までを次のとおり変更する。

「控訴人はこれに対して、全員分配については相応の理由があるとした検察官の判断は到底認められないような不合理なものではないし、裏付けがない点については、犯罪行為に関係して金を受け取った者はやましいことが別段なくても否定するものであるから、裏付ける供述がないことを否定する証拠があるとするのは短絡的判断である等と主張するが、前記のとおり乙山検面中の被控訴人の指示は検察官の判断が個人差があることを考慮しても、誰でも不自然な内容だと判断するようなものであり、また、問題は控訴人自身も主張するように、個別の証拠の評価ではなく、起訴段階において得られていたか通常の捜査によって収集された筈の証拠全体による総合評価により有罪判決を得られる可能性があると判断するのが合理的か否かであるから、金員分配につき抽象的にその可能性があるということだけでは内容が不自然であることに対する十分な反論たり得ない。更に、犯罪の取調べにかかわりになりたくないという供述者心理自体は理解できなくはないが、そのような心理自体は理解した上、必要があれば、話をしないことがどういう影響を及ぼすかを説得するなどして捜査官が取調べを行なった結果、なお、裏付けが得られなかったものであるから、そのような支払はなかったものと推認されるのは当然であって短絡的評価などでは全くない。

したがって、控訴人の右主張は失当である。」

7 原判決三四枚目表九行目の「(この点」から同裏九行目の「ある。)」までを削除する。

8 原判決八五枚目表九行目冒頭から八六枚目裏八行目末尾までを削除する。

9 原判決九一枚目表三行目冒頭から九三枚目表二行目末尾までを次のとおり変更する。

「更に甲三三及び四三号証(いずれも須藤衷和の証人尋問調書)並びに甲三七及び三八号証(いずれも太田国昭の証人尋問調書)によれば、組合では支払手形や売買代金の受領は主として丁原が担当していたことが認められ、このことは検察官も組合職員に事情聴取しているのであるから当然把握していたと考えられるが、そうすると、本件の横領にかかる三通の手形についての裏書きを含めた組合内での処理は丁原に知られずになされる可能性は低いと考えられる。

それにもかかわらず、右売買金額や手形の処理状況を知らないことを前提として、後日乙山に差額の処理を聞いたとの丁原の供述は容易く信用し難く、当然知っている筈のことを知らないとしていることは、丁原自身も本件業務上横領に何らかの形で関与しているのではないかと疑わせるものであるから、伝聞であることを除いても乙山検面に対する十分な裏付けになるものではない。」

10 原判決九三枚目裏九行目の「一事情」を「重要な判断材料」と改め、同九四枚目表末行目の「少なくとも」を削除し、同裏一行目の末尾に「、更に乙二四号証の一によれば、翌年の米沢に対する売買の際には、被控訴人自らが、乙山と共に買主である米沢らを売買物件の存在する現場に案内しているのであって、これらの事実によれば、被控訴人にとって、組合の立木売買の件は重要案件であって、他の兼職を含めた多数の仕事と同一視できるようなものではなかったと解される。)」を加えて、同二行目の「た。)。」から同九五枚目表三行目末尾までを削除する。

11 原判決九五枚目表六行目から九七枚目表六行目までを次のとおり変更する。

「乙一三号証の乙山検面によれば、四六年度木材の売買に関連して、乙山は昭和四六年七月から八月頃に被控訴人に呼ばれて米沢から残金一三〇万円を受け取ってきてくれと言われ、米沢に請求に行き、米沢から受け取った金を大鰐温泉のすみれ荘にいた被控訴人に届けた旨の供述をし、乙二四号証の一(米沢の検面調書)によれば、米沢も乙山から請求があったため一三〇万円を追加払いしたことを認めているから、控訴人の主張するように、四六年度木材に関しても被控訴人に横領の嫌疑があったことが認められ、同年度の立木売買に関しては丁原は関与していないことは当事者間に争いがないから、右嫌疑が強いものであれば、横領に関して乙山の共犯となったのは丁原ではなく被控訴人であったものと認められ、このことが本件業務上横領に関しても丁原ではなく被控訴人が共犯者であるという乙山検面の裏付けになることは控訴人の主張のとおりである。しかし、米沢の検面は二通(乙第二四号証の一及び二)あるが、右一三〇万円支払の理由につき右二通の供述内容は必ずしも一致せず、右一三〇万円の支払要求に被控訴人が関与していたことは米沢供述からは判然としないし、更に右一三〇万円の行方は不明であり、乙山が仲介料として取得した可能性を否定しきれず、このような各種の点の総合判断から、検察官としても四六年度木材に関する横領については起訴に踏み切れなかったものと解され、被控訴人が横領した疑いがないわけではないものの、嫌疑不十分といわざるを得ず、そのような程度の嫌疑では乙山検面についての十分な裏付けとは言い難い。

(五) まとめ

以上を総合すれば、乙山検面における供述は、肝心の被控訴人の乙山に対する指示内容を中心として、すこぶる不合理なもので、被控訴人が一定程度不利益事実を承認していることなどいくらかの補強証拠があることを考慮してもなお検討を要するもので、乙山に対する再度の取調べや公判での供述が困難である以上、起訴段階で既に、有罪判決が得られる見込みは非常に乏しかったものといわざるを得ず、本件業務上横領に関する限り、有罪判決を得られる合理的根拠が欠如していたことは明らかであったと認められるから、本件公訴提起は違法であったというべきである。」

三  公訴事実第一の二について

公訴事実第一の二の財産区と組合間の昭和四六年七月六日付売買契約書に関する虚偽有印公文書作成については、本件公訴提起は違法ではないと当裁判所も判断するが、その理由は、被控訴人の主張に対する判断部分について、以下のとおりに改めるほかは、原判決が説示するとおり(原判決九七枚目表九行目冒頭から一〇六枚目裏末行目末尾まで。)であるから、これを引用する。

以下、被控訴人の主張について検討を加える。

1 米沢の検面調書について

原審における証人戊田冬夫の証言によれば、戊田検事は財産区の組織役割等について十分調査せずに取調べを行なっていることが認められるものの、米沢の検面調書によっても、町と財産区の区別が厳密ではないとしても、町ないし財産区と森林組合を混同している箇所は存在せず、また原審証人米沢正人の証言によっても、当時、米沢が財産区と森林組合の区別が付かなかったとは認め難い(所有者が誰であってもよいというのは、誰の所有か分からなかったということと同じでないのはいうまでもない。)し、都会の住人と異なり郡部に住み、しかも木材販売業者である米沢が町ないし財産区と森林組合の区別が付かなかった筈はないという戊田検事の認識も常識にかなっていると考えられるから、仮に戊田検事のある程度の思いこみがあったとしても、財産区から買ったと考えていたという米沢の検面調書の信用性には特段影響するものではない。

2 乙山検面について

前記のとおり乙山検面については、本件業務上横領に関する限り問題点が多いが、このことから直ちに形式的内容の問題であって、乙山にとって利害関係が乏しい本件虚偽公文書作成に関しても信用性が乏しいと言うことはできない。

3 丁原の検面調書について

丁原の供述には確かに入金処理に関し若干の供述内容の変動があるもののこれが記憶違いで済まされないような重大な内容とは到底思われず、内容がはっきりしない入金があったので被控訴人に確認したところ、財産区と米沢間の取引だと言われ、その後会計処理に苦心したことを言う右供述は十分信用し得るものと認められる。

4 甲田及び被控訴人の自白調書について

甲田及び被控訴人の各自白調書については任意性が認められ、その内容も特に不合理な点はないことについては、原判決がその一一二枚目裏八行目冒頭から一一五枚目表一〇行目末尾までに説示するとおりであるから、これを引用する。したがって、検察官が、これを公訴事実第一の二について公訴提起をするか否かの判断材料としたことには何ら問題はない。前述のとおり、四六年度立木を始めとして組合の問題は被控訴人にとって重大な関心事だったと考えられ、いかに被控訴人が多忙であってもこのことを思い出せなかったとは認め難い。

5 組合の赤字解消策について

被控訴人は、当時組合が多額の負債を抱えていてその赤字解消が緊急の課題であったところ、四六年度立木について財産区が組合に販売して組合が転売する形で組合に利益を上げさせる必要があり、それに比して財産区が直接米沢に売却することには何のメリットもなく、一方、立木のままでの転売という営林署からの払下げ条件違反を隠蔽するためには組合を通した方が多少ともメリットがあるから、財産区と米沢の売買契約の方が誤りで、本来、組合から米沢への売買契約でなければならなかった旨主張する。

確かに、甲八ないし一二号証(被控訴人の被告人質問調書)及び乙一二の二(丁原の検面調書)によれば、当時組合が多額の負債を抱えており、財産区が払下げを受けた官行造林を利用して赤字を減少させることが予定されていたこと、営林署からの払下げには条件として立木のままの転売が禁止されていたことが認められるが、だからといって、直ちに財産区から組合に対する売買契約書が正しく、財産区から米沢に対する売買契約書は誤りだと認められるわけではない。

すなわち、起訴段階で収集され、かつ通常の捜査を尽せば収集されたであろう証拠によれば、前記のとおり、四六年度立木は被控訴人が乙山を使って売却したもので、前年度の売買と異なり、組合の実務全般を統括していた丁原はこれに関与しておらず、契約書作成の時点でも、買主である米沢や仲介人である乙山は出席したものの、財産区と組合の契約において双方代理を避けるために組合を代表すべき監事は勿論、組合において丁原に代わって職務を担当する職員も立ち会っておらず、被控訴人が財産区管理者と組合の組合長としての地位を兼任していること以外には、組合としては実質上かかわりあっていなかったことが認められ、このために被控訴人の認識としても、四六年度立木の売買は組合を通しての契約ではなく、財産区から米沢への直接売買であると考えたもので、一方、前記のように払下げ条件違反の隠蔽の便宜のためには組合への売買という形で昭和四二年から四四年までに行われていた組合への伐採及び販売の委託と同様の処置をしたような外形を作ろうとしたもので、赤字処理については、手数料等の別個の処理をすることを考えていたと推認することができる。

したがって、この点に関する被控訴人の主張も理由がない。

四  公訴事実第二について

公訴事実第二の財産区と組合間の昭和四六年七月六日付委託販売契約書に関する虚偽有印公文書作成についても、検察官の公訴提起に違法性があったとは認められないと判断するが、その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決がその一一六枚目表五行目冒頭から一二六枚目裏末行目末尾までに説示するとおりであるから、これを引用する。

1 原判決一一七枚目表五行目末尾に次のとおり付加する。

「(被控訴人は平賀町町議会議事録等に財産区と組合間の昭和四六年七月六日付売買契約書に関する記載がないことを理由にこのような質問はなかった旨主張するが、甲一九号証(丙川夏夫の刑事控訴審における被告人質問調書)によれば、昭和五〇年九月九日の議会での加藤議員の質問は議員から議員への質問であるとしてクレームが付いたため議事録には掲載しなかったことが認められるのであって、被控訴人の主張は失当である。)」

2 原判決一二二枚目表六行目「るから」の次に「(ただし、右付箋に記載された内容と契約書の内容は必ずしも合致しないから、成田巡査部長が右文書そのものに付箋を貼ったのか、他の文書に貼った付箋が何者かによって付け替えられたのか明らかではない。)」を付加する。

3 原判決一二五枚目表一行目の「しかしながら、」の次に「営林署長宛の文書は払下げを受けるための申請書であって、当然払い下げ条件に合致した形の財産区が組合を使って自ら伐採するということを述べているのであって、これらの文書に委託と記載されているのは実際に行われた契約の法的性質に何ら関係がないことは明白であり、」を付加する。

4 原判決一二六枚目表五行目の「前年度」を「前記の昭和四二年から四四年にかけて」と改める。

五  損害について

以上の次第であるから、本件業務上横領に関する公訴提起は違法であるから、被控訴人は控訴人に対し、国賠法一条一項に基づき、右公訴提起により被控訴人が被った損害の賠償請求権があるところ、右損害の額については、当裁判所も原判決の認定する額をもって相当と判断するもので、その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決が一二七枚目表末行目冒頭から一三〇枚目表五行目末尾までに説示するとおりであるから、これを引用する。

1 原判決一二八枚目裏六行目の「いえないこと」の次に、

「(なお、その余の公訴事実はいずれも形式的なもので道義的にも強く批判されるような性質のものではないが、四六年度立木に関する横領の嫌疑とも関連していることや起訴猶予の判断についての検察官の裁量権限は非常に大きいことからいって、これだけなら当然に不起訴とすべき事案とはいえず、その場合に、起訴されたことは、公訴事実如何にかかわりなく被控訴人に対する信頼性を低めたと考えられる。)」を付加する。

2 原判決一二九枚目表一行目の末尾に、次のとおり付加する。

「被控訴人は、控訴人が選挙の度に次点との差を広げていたことや後継者である奈良蓮雄が被控訴人の対立候補であり、成田義郎の告発にも関係していた原田忠太郎に勝ったことを理由として、起訴の違法と町長選挙の落選との間に相当因果関係がある旨主張するが、告訴から起訴、刑事判決の確定に至るまでの経過からみて被控訴人がそのように考えるのは理解できないではないものの、選挙は多種多様な要素の絡み合いで決まるのであって、対立候補自体異なるのであるから、本件起訴の点を除き、昭和五三年一一月の選挙がその前の回の選挙と同様の経過になったとは認め難いし、一部の者の証言等により当時被控訴人の支持が圧倒的に高く四選の可能性が確実であったとも認め難いから、被控訴人の主張は採用の限りではない。」

六  結論

よって、被控訴人の請求を金一二〇万円とこれに対する原審での訴状送達の日の翌日である昭和六一年一〇月二八日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、その余の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本朝光 裁判官 手島 徹 裁判官 富川照雄)

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